コラム

製薬メーカーにとってお得意様は主婦

薬こそが病気を治療する唯一のものだと印象付けたのは、テレビの普及で心情に訴えかけるCMを見ることが多くなったせいだと考えます。

例えば、バファリンやパブロンのCMがわかりやすいのでは。
親子で楽しそうなひと時に突如襲ってくる痛みやくしゃみ。
「ママ休んでいて」と娘が家事など頼もしく手伝ってくれる。
子どものために早く治そうと薬を飲んだ母親はほどなく回復し、また笑顔で楽しい時を取り戻すことができるという、母親にとっての憧れのようなシチュエーション。

何かあったら薬という考え方がいつの間にか刷り込まれてしまっています。
患者さんが支持している市販薬はバファリン、パブロン、イブが多いですね。

薬を飲めば、幸せな家庭を築けるとまで錯覚してしまう。他にもこのようなCMは「休んではいけない」という概念も刷り込まれています。これは生理痛や鼻炎のCMにも共通しています。

次に、家族の健康に影響を与える(家計をにぎる)主婦に「薬が必要だ」と訴えること。

製薬メーカーは CMに好感度の高い人気俳優を起用したり、何パターンも制作したり経費をかける財力ありますよね~。
そうそう、同じく薬剤師である友人から面白い話を聞いたことがあります。
広告がない薬…

それは麻酔薬だと。

通常はきちんと効果に定評があるので、CMなどしなくても売れるのだそう。
ということは、CMすればするほど本来見向きもされない代物と言ってもよいのではないでしょうか。
実際、市販薬の中身はどのメーカーもほぼ一緒…。

アロパシーという概念

ホメオパシーと対比するように言われているのが「アロパシー」という言葉です。
なんとなく[ホメオパシー=自然療法]で、[アロパシー=現代医学]と思っている方もいるかと思いますし、コトバンクでもそのようなニュアンスで書かれています。

しかし、実際はそういう意味ではありません。
わたし達が理解している現代医学は「抑制」というキーワードをもとに話をしますが、ホメオパシーの創始者であるハーネマンの時代においては「現代医学」はそうではありませんでした。

ハーネマンの時代の「現代医学」

ハーネマンはOrganonの中で、瀉血で必要な血液を失わせること、毒薬や劇薬を多用して、他の病気にすり替えて医原病を作るという、その時代の現代医学について激しく批判しています。
それは21世紀にも十分通用するもので、特に序文に書かれています。

ハーネマンはアロパシーのことを自然の模倣(もほう=まねごと)と言っています。
アロパシーは、危険なばかりだけではなく、厄介な回り道をして、なおかつ不完全な治療になってしまうことは医療の歴史の中で証明済みです。
ただ認めないだけなのです。

便秘だったら便通をよくする。熱が出たら熱を下げる。この考え方がアロパシー

わたしの経験から、インフルエンザにかかった時にやむなく抗インフルエンザ薬(イナビル)を使ったことがあります。

参考記事:インフルエンザは家で治せる!

確かに熱はすぐさま下がりました。ハイ!これが「自然の模倣」です。
本来ならば、自ら体温を上げ、免疫を使ってウィルスを撃退し、その結果、ウィルスをたたく必要がなくなるので解熱するというのが、自然のはたらきです。

しかし、体は一向にだるく起き上がれない日が何日か続きました。これでは薬を使う前と何も状況は変わらない…
自然のはたらきを模倣して、インフルエンザウィルスを体内に拡散させず、最小限にとどめることには成功しました。
だからこそ熱は下がったのですが、完全にウイルスを消滅させ、感染していない快活な状態になったとは、とてもではないけれど言うことはできないでしょう。

このことからわかるように「治る」の方向性がそもそも異なっています。

参考記事:「治す」にはさまざまな方向性がある

異なるだけならまだしも、期待通りに治癒しないことに焦りや不満が現れ、検査や薬を飲むときに生じる苦痛、薬による副作用に怯えるなど、今も昔も「現代医学」というものには、苦痛や不安はつきもので、得るものはなく失うことの方が多いですよね。
わたしの中ではアンデルセンの「人魚姫」のごとく、足と引き換えに、最大の魅力であった声を失う…かのような印象があります。

クスリと取り引き…この方程式はよく出てくる!

医師も薬剤師も患者をみていない

お薬手帳を拝見して気になるのは、女性患者でコレステロールを下げる薬と骨粗しょう症の薬を一緒に飲んでいる人が多いことです。

これはどちらも「恐れの予防薬」。

自然の模倣は実はナチュラルではない

薬の相互作用はないにしろ、体の相互作用は起こっているのではないでしょうか。
ホルモンを作る原料であるコレステロールが一律にコントロールされる。
はたしてその量がその人にとって十分にホルモンを作る適切な量であると断言することができるのか…。

実際に患者さんの中には「わたしは昔から数値が高いの!なのにお医者さんは飲め飲めと言ってくる…」と頭を抱えている方がいました。
年齢ももう若いとは言えないので、医師の思惑も分からないわけではありませんが、それでももう少しその人の容態を観察する必要はあるでしょう。

骨がスカスカになる原因は女性ホルモンの減少と言われているので、この相関関係は無視できないと考えています。
しかし診てもらう科(医師)が異なるため、多くの医師は気にも留めないでしょう。
また薬剤師は薬同士の相互作用にばかり気を取られ、説明書的にはこの二つの薬は一緒に飲んでも害がないとされています。
したがって一緒に飲んでもOKというわけ。

さらに言うなら、これらの女性患者はカルシウム補給にと牛乳を飲む方が多いです。

牛乳は栄養に優れているけれどもサプリメントではありません。

近頃の牛乳はホルモン剤や抗生剤で管理された牛から出るものだけれど、それらの薬が牛乳にどのくらい残っているのかという残存率や、子供や女性が飲んだ場合の試験は食品なので当然行われていません。
カルシウムを効率よく摂取するには牛乳はとても優れています。しかし脂質も多い…。
よって中性脂肪が増えやすくなる。卵なんかに比べればぜんぜん少ないよ!というデータもありますが、毎日、毎食、偏って取るようであればあなどれません。

医療の中では基準値が決められていて、その枠からはみ出れば、否応なしに下げられてしまいます。
また乳がん発症も懸念されます。
物質レベルでもこれだけの問題点が考えられるのに、ハーネマンの言うようなその人全体を熟考できる医師は数少ないです。
ましてや押し寄せてくる患者さん一人一人にゆっくり考察する時間もない。
きちんと考察できる医師は容易に薬を出しません。
しかし、すなわち薬のこともわからないような医者まがいの者だと 「ヤブ医者」 レッテルを貼ってしまうわたし達が、実は現代医療を後押ししています。

その薬、本当に必要?

私が生きてきた中で薬について疑問を生じてきたことが幾度もありましたが、その中に生理痛に薬を飲むということが最初かも。
生理は自然におこることで女性の体にとって必要なことだと聞いていたから、病気ではないと思っていました。それなのになぜ薬が必要なのか理解することができなかったので、その後も飲むことはほとんどありませんでした。

体における自然な反応の模倣は、いつも全てにおいて「絶対ではない」ことを忘れてはならないのです。

解熱のための浣腸は「自然の模倣」

毎年山のように出る新薬。
根治することはできるのか、副作用は軽減されているのか、注目すべき個所は何一つ進んでおらず「飲みやすくなった」「便利になった」ばかりが改良されているに過ぎない。要するにもう何をしたらよいのかお手上げなのだと心の中で憐れに思い、合掌…。

このような出発点から開発された薬は、一部症状を抑えるために「一時的には役立つ」けれども、たいてい多くの方の願いは「一時的ではない」のです。

その症状と縁を切ることである。決してうまく付き合うことではない。というと。

このことを考えた時に、わたしは新たなことに気がつきました。このようなハーネマンが嘆いている治療法にも素晴らしい点がただ一つあったということを。

それは「薬では健康にはならない。薬に頼らずどのようにすれば健康になれるだろうか。自分は一体、何のために健康になりたいのだろうか。」ということを、個々にはっきりと映し出してくれた。

そしてホメオパシー的哲学がより深められ、誰かによって作られた健康に自分を当てはめるのではなく、その人自身が内部にある声を聞き逃すことなく、素晴らしい力が花開くきっかけができたのでです。

オーダーメイドの自然療法:ホメオパシー講座

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