By jewelme

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ホメオパシーにおける診察は、クライアントさんが語る、印象に残っていたり好きな映画や本や音楽も、レメディーを探すための有力な情報となります。
ここでは、クライアントさんからお話いただいた映画や本や音楽から、私が受けた印象や感想などを綴っています。
*クライアントさんについての情報や結びついた先のレメディーに関しての情報はございません。

ベン・ハーは1880年に書かれた小説が、現代まで4回映画化され、1959年は3回目です。

ローマ人に圧制される中、愛と正義をもって困難に立ち向かうベン・ハーにフォーカスした内容ではありますが、副題は『キリストの物語』。

キリストは冒頭シーンで誕生、ラストシーンでは処刑、そして途中に数場面出てくるだけで、副題にはなっているものの登場回数はわずか。

「なぜ副題に?」という疑問が頭をもたげます。
ですが、当時教会で推奨されているとのことでしたので何か深い意味があるのだろうと映画の内容を思い返してみました。

この物語は、キリスト生誕の意味を描くためにベン・ハーの波乱万丈な人生を用いているのだと考えられます。

ローマ人の高慢さ、残虐さを一貫して描き、それによりキリストが虐待され、磔にあい、血を流して命をおとしてゆきます。

ラストシーンでは、キリストの死は大いに意味があるというのはわかりますが、なぜ老衰でもなく病死でもなかったのか…。
(すみません、キリスト教のことは全くの勉強不足という立場での考察です)

磔により流れた血が大地を走り嵐が巻き起こり、人々の苦しみや憎しみが解き離れていくさまが描かれており、血が流れることが必要であったと考えられます。

この映画では、「高慢、残虐、憎悪」と「愛、正義」は裏腹であることをベン・ハーと旧友メッサラ間、ベン・ハーとローマ海軍の総司令官アリウス間で描いています。

「父よ、彼らをお許しください。彼らは自分たちが何をしているかを知らないのです」
という劇中にあるキリストの最期の言葉は、

「高慢、残虐、憎悪」の中にも「愛、正義」があり、「愛、正義」があるから「高慢、残虐、憎悪」も生まれる。
そのことを知らないのだと言っているのでしょうか。

キリスト教のことは全くの不勉強ですが、生身の人間の物語を通して、「許し」の真の意味を教えてもらったような映画でした。

ハーネマンもクリスチャンであったことから、この教えはオルガノンにある「偏見なき観察者=裁かない温かな眼差し」に通じます。

レメディーの勉強をする時には、どうしてもマテリアメディカに書かれている強烈なキャラクターのイメージが強くなりますが、コンサルテーションを通して活き活きとした症状を学ばせていただくと、どこからその症状が出てきたのかを知り得ることができ、とても驚きます。

真の心はいつも借り物の中に包まれてしまっているということを実感できる映画でした。

折に触れ、何度か繰り返し観たい映画だと思いました。